ある患者は「散歩をしていると、急に目に入るものが以前に一度見たことがある

　もののように思えてくることがあります」という経験をし、またある患者は「たと

　えば、そのストーブ囲いを見るとします。それが急に前にも見たことがあるように

　思われてくるときがあるのです」と訴えている。

　　すなわち、現在の経験があたかもすでに一度経験したことのような、なつかしさ

　の感覚で経験されるのである。このような回想感情は外界知覚に対してだけでなく、

　自分の行為そのものに対しても起る。

　「今やっているのと同じことを前にもやったことがあるように思うのです。今と同

　じ状態に何年も前にもいたような気がするのです」

　　　　　　　　○

　これは、いわゆる「既視感」（デジャヴ）の記述として、よく見られるものだ。僕（たち）

もたまになら、感じることがある。現在の感覚が、新しいはずなのに、「過去の感情」と結び

ついて感じられてしまっている。

　山鳥重は、さらに、これが未来の感覚とも結びつく例を書き留めている。

　　　　　　　　○

　　ジャクソンに記載がなく、ペンフィールド以後の研究者が記載していることで興

　味を引くことがある。それはこのような既知感幻覚、つまり、新しいものすべてが

　自分にとってすでにどこかで経験したことのように感じられるという感情体験が、

　もう一つの異常な感覚、すなわち、これからどんなことが起るかがすべて分かって

　いるという感情（予知感幻覚とでも呼んでおこう）と混在して経験されることがあ

　るという事実である。

　　たとえば最近グルーアらの報告した症例には次のような発作体験が記録されてい

　る。発作が始まった直後の看護婦と患者の実際の会話の記録である。

　　懐中電灯を手に入ってきた看護婦が尋ねる。

　　−−いつもと同じ感じがするの？「はい。あなたが今入ってきますね。これもそ

　のうちです（発作体験の一部という意味）。つまりボタン（発作が始まったら直ち

　に押すようになってパるボタン）を押したとたん、押しやめたんです。あなたがや

　ってくるのは分かっていましたから。今起っていることはみんなもうあったことで

　す。懐中電灯つけて、あなたがやってくることも分かっていました。すぐにもっと

　人がやって来るでしょう。それも見えています。前に起った通りです。同じことの

　繰り返しです。先のことが見えはじめると、もっとどんどん先が見えるようになり、

　めまいがしてきます」

　　　　　　　　　　　○

　ここでは、「未来」が「既視感」と結びついて感じられている。

　これは、ＳＦで言うと、「未来」への予知能力だということになる。

　実際に、こういう状態に陥る精神の状態がありえるとは知らなかった。

　人間は＜現在＞を生きるものだと、僕（たち）は無意識に信じているが、実際には、精神の

次元は違っている。

　ひよっとすると、太古の人間は、もっと過去と未来の幅の中で揺らぐ＜現在＞を生きてい

たのではないだろうか。

　その独特の時間を、現代において再現し、まさにその時間の中で生きているのは、自閉っ子

であり、知的な遅れのある子たちだと思う。

　（この項、了）