幻肢に悩むのは手足を切断した人々だけではない。脳幹卒中が余分な四肢を出現 させることもある。日本の田中秀明博士らは、深刻な脳幹卒中に見舞われた四七歳 の女性患者の治療に当たっていた。大脳皮質は無事だったから思考力は正常に保た れていたが、完全麻痺の状態にあり、眼球を上下に動かすことしかできなかった。 〝閉じ込め〟症候群として知られる恐ろしい状態である。卒中が彼女の脳の身体地 図を分断してしまったのだ。ようやく話をできるところまで回復した彼女が語った のは、麻痺していた間に身体の左側に生えた余分な手の話である。この手、自分の 思い通りに動かすこともできたが、時には、手足自体が意思を持って、彼女を絞め 殺そうとしているように思えることもあったと言う。そればかりか、動かない三本 目の足が左足の内側にすっぽり収まったように現れることもあったそうだ。余分な 手足は、回復した時には消えていた。 こうした余分な手足を余剰幻肢という。いわゆる幻肢とは異なる。脳がいかにし てこんなものを創り出すのかは不明だが、この女性患者の場合、どうしたものか、 左手の身体地図が元あった場所から切り離されて編集し直され、脳卒中の前には手 の領域ではなかったところに侵出して行ったのだろう。 ○ とても興味深かったので、書き留めておく。 手や足を実際に失ってしまった人に、失われたはずの手や足の感覚が現れるのが「幻肢」だ というのは知っていたが、「余分な手足」のケースがあるとは知らなかった。 この女性は、四肢は揃っているが、脳卒中によって完全麻痺となり、余分な手足が生えてき たと感じている。「脳」の身体感覚が混線して、実際の「身体」との間に、ズレが生じてしま ったのだろうか。 （この項、了） |