「ウィルも春学期が終わったところだったから、パーティーをしない手はないじゃ

　ないかということになって」。デイヴは少々バツが悪そうに白状した。「ＬＳＤと

　マリファナをちょっとばかりやりましてね。そのまま、ぶらぶらとゲーセンに出か

　けたんです。軽く小手試ししてから、二人してこれぞと狙いをつけたピンボールマ

　シンで遊び始めた……」

　　　　　　○

　　デイヴの話に熱が入ってきた。くるくると忙しそうに立ち働いているナースたち

　がひとり、二人と好奇の目を向けてくるのに気づいて、デイヴは声を潜めた。「ウ

　ィルはギター・ソロのシンコペーションとぴったり合わせて球を操ってたんですよ。

　このゾクゾクするようなシンクロがクライマックスに達したのは、ロジャー・ダル

　トリーが��新しい支配者を見てこいよ、前の奴と変わらないから�≠ﾆシャウトした

　時。完壁と言っていいんじゃないかな。そのとたん、宇宙を支配している絶対無限

　の力と言うか−−万物を掌握し、決して変わることのない��支配者�≠ﾉ呑み込まれ

　ると、強烈に感じたんです」

　「時間にしたら、どれくらいの間？」と私。

　「数秒ですかね。プレイ・フィールドを駆け巡っていた球が、歌の終わりにタイミ

　ングを合わせてフリッパーの間をすり抜けたと思ったら、唐突にゲームオーバー。

　とんでもないものを見ちまったと気づいて、二人で顔を見合わせましたよ。ウィル

　も僕と同じに絶対的な力と真実を体験したかは分からないけれど、歌と球のリズム

　が息を呑むほどぴったり調和していたことには、彼も気づいていました」

　「その体験、今にしてみれば何だったんだろうね？」

　「さあて。ただ、何か特別な存在に触れたっていうことは確かですよ。今でもそれ

　は、少しも疑っていません」

　　　　　　　　○

　デイヴとウィルは、ＬＳＤとマリファナを少しやってから、ゲームセンターに行き、ふたり

でピンボールを始めた。

　すると、その時に店でかかったていた曲と、ふたりのピンボールの操作と、球が、完璧にシ

ンクロした。その時、万物の宇宙を支配する特別な存在を強烈に感じたと言う。

　科学的に言えば、「偶然の一致」ということになるだろう。

　だが、デイヴは、特別な存在に触れた、という実感を、確かに手にしている。

　　　　　　　　○

　　神秘体験は辺縁糸のどこで生まれるか？　正確な場所は謎だが、辺縁糸が脳内で

　どのような働きを担っているか、詳しいことが分かってくる日は遠くないと確信し

　ている。神秘体験は言葉では言い表せないと表現されるが、神経学的に言うなら、

　言葉で言い表す必要のないものだ。神秘体験は言語誕生の前から、ダーウィンの言

　う生存にかかわる脳の古代の構造物に棲み着いていた。私には、神秘体験は人類が

　言葉を持つはるか以前から存在していたと思えてならないのだ。かなり衝撃的な考

　えだろう。つまりは、人類以外の動物にも神秘的な感覚があるかもしれないと言っ

　ているのだから。

　　　　　　　○

　神秘体験は、「言葉で言い表せない」のではなく、「言葉で言い表す必要のない」ものであ

り、人間の言語誕生の以前から、脳の中にあったものだ、と。

　僕は、基本的には、この考え方に賛成だ。

　僕の言い方になぞらえれば、それは「動物段階」の感覚だと思う。

　神秘体験の感覚は、動物段階の感覚の延長から発生したものなのではないだろうか。

　と言うか、それ以外に、価値の源泉はありえないのではないだろうか。

　（この項、了）