○ これは、私たちのいわゆる〝精神〟を支える二本の柱ともいわれていますが、こ の両者は、いかにも対照的です。〝切れるあたま〟とはいうが〝切れるこころ〟と はいわない。また〝温かいこころ〟はあっても〝温かいあたま〟はない。つまり前 者の「あたま」というのは、判断とか行為といった世界に君臨するのに対して、後 者の「こころ」は、感応とか共鳴といった心情の世界を形成する－－一言でいえば、 あたまは考えるもの、そしてこころは感じるもの、ということです。 ○ 本日の話も、じつは、こうした祖先の人たちの智慧にあやかった……つまり、さ きの図で説明しました「脳＝体壁系」「心臓＝内臓系」という図式をそのままここ に持ってきて、これに加えただけのものです。結果は明らかです。〝アタマ〟が前 者の体壁の世界に属したものであるとすれば、あとの〝ココロ〟は、あくまでも後 者の内臓の世界に根を下したもの……と、こうなるわけです。 ○ さしあたり、三木成夫の、「あたま」と「こころ」としての人間のイメージを、ジル・ボル ト・テイラー（『奇跡の脳』）の、脳卒中の実感としての言葉と対応させておきたい。 ○ 右脳マインドは、（赤血球を除いた）すべての細胞が母親の卵細胞と父親の精子 細胞が結ばれてできた細胞であり、どれもが天才的な資質をもつ五〇兆もの細胞の 生命力によって巧くつくられていることを知っています！（そしていつも、右脳マ インドはそのことを歌っている！）右脳マインドは、宇宙が織物のように複雑にか らみあい、お互いに結びついていることを理解しています。そして自分のドラムの ビートに合わせて熱狂的に行進するのです。 境界についての知覚が全くないので、右脳マインドはこんなふうに言います。「 わたしは全ての一部。わたしたちは、この惑星上の兄弟姉妹。わたしたちは、この 世界をもっと平和で温かい場所にするのを手伝っている」。 右脳マインドは、生きとし生けるものがひとつに調和することを思い描きます。 そして、自分自身の中のこうした性格を、あなたにもっと知ってほしいと願ってい るのです。 わたしはたしかに、右脳マインドが生命を包みこむ際の態度、柔軟さ、熱意が大 好きですが、左脳マインドも実は驚きに満ちていることを知っています。なにしろ わたしは、一〇年に近い歳月をかけて、左脳の性格を回復させようと努力したので すから。左脳の仕事は、右脳がもっている全エネルギーを受け取り、右脳がもって いる現在の全情報を受け取り、右脳が感じているすばらしい可能性のすべてを受け 取る責任を担い、それを実行可能な形にすること。 左脳マインドは、外の世界と意思を通じ合うための道具。ちょうど右脳マインド がイメージのコラージュ（さまざまな断片の集まり）で考えるように、左脳マイン ドは言語で考えてわたしに話しかけます。脳のおしゃべりを利用することにより、 人生の荒波を乗り越えることができるし、わたしのアイデンティティーも顕してく れるのです。左脳の言語中枢の、「わたしである」ことを示す能力によって、わた したちは永遠の流れから切り離された、ひとつの独立した存在になります。全体か ら分離したひとつの固体になるわけです。 ○ 脳卒中（左脳側の出血）から奇跡的に復活したジル・ボルト・テイラーが言っている「右脳 マインド」と「左脳マインド」という考え方は、三木成夫の「あたま」と「こころ」という考 え方と対応させることが可能であるように見える。 ジルの言う「右脳マインド」は、三木成夫の言う「こころ」であり、「左脳マインド」は、 三木成夫の言う「あたま」に対応づけられる、というように、だ。 ジルは、「右脳」と「左脳」に分けて考えているが、右脳タイプのマインド（感性優位）と 左脳タイプのマインド（論理優位）があり、それらの＜領域＞が織り交ぜられ、ひとつの統一 した人格が形成されている、と考えている。 当然、と言うべきか、脳科学者であるジルの言い方の中には、「内臓」は入っていない。あ くまでも、「脳」が問題なのだ。 三木成夫ならば、「右脳」の担当してい領域は、「身体の内臓からくる感覚」を中心とし て思考している領域であり、「左脳」の担当している領域は、「身体の体壁からくる感覚」 を中心として思考している領域である、ということになるのではないだろうか。 ジルは、一度、左脳の領域が出血して失われ、右脳優位の感覚（＝内臓感覚そのものの感覚 だ！）の素晴らしさを体験する。それは、「涅槃」の体験だと言っている。 それから、訓練によって、左脳の領域を「復活」させる。死んでいる部分が「復活」したの ではなく、違うネットワークを作ることができたのだろう。だから、「左脳」の能力も、いか に奇跡的なものであるのか、よく実感できたのだと思う。 （この項、了） |