く跳躍しないことに気づきはじめた。彼女は妊娠していた。 クラウンはやがて一頭の息子を生み落とした。残念ながら、私はその日出かけて いたが、このとき、水槽の中でガラスの掃除中だったディックが、あとでくわしく 話してくれた。 「そのとき、イルカたちが、ちょうどパニックのようになったんだ。俺がふりむい てみると、クラウンが水面近くで垂直になっていた。ほかの五頭のイルカたちはそ の周りにいて、まるで彼女を守り、手伝うみたいだったよ。クラウンの体の下のほ うが、けいれんをしながら収縮して、突然性器の裂け目から、形の定まらない何か が出てきた。それは、イルカの尾の形をしていたが、とても小さかったんだ。彼女 の子が、尾から生まれようとしていたのだ！（頭からつるりと生まれることも多い）。 クラウンは、仲間たちに囲まれたまま、水槽の周囲を何分聞か泳いだ。もしかし たら、苦しかったのかもしれないなあ。彼女の子どもが、だんだん見えてきた。俺 はガラスにくっついてるのをやめて、静かにフィンをけりながら、みんなの後を追 ったんだ。 俺が近寄っても彼らは少しもあわてなかったよ。クラウンは、少しも痛みを感じ ているようには見えなかった。子どもの体はだんだんはっきりしてきて、へその緒 が現れ、子どもが動くと、何秒かたって体の全身が出た。 そのとき、イルカのうちの一頭が、クラウンだったかどうか、俺には確かじゃな いんだが、へその緒と子どものへその下にぶら下がった肉を切ったんだ。魚の群れ がこの屑に急いで群がった。 子どもは自分自身で水面に上がったが、イルカがみんな、そいつを助けるために その下にいて守ってるんだ。子どもはすぐにクラウンの近くにいって、ほかのイル カたちに囲まれたまま、いっしょに泳ぎ続けたんだ。あんなにみんながそばについ てあげるなんて、俺はなんか驚いちまったよ」 ○ マイヨールの友だちとなったイルカのクラウンが出産したときに、何頭もの仲間 たちが子どものすぐ下についたという。これは、赤ちゃんイルカの肺が、まだ空気 で満たされていないためである。自分で呼吸できなければ、母親なり他のイルカな りが水面に押し上げ、助けてあげるのである。そうしなければ、おぼれ死んでしま う。「仲間」を大切にするイルカの不思議な習慣だ。 ○ イルカのクラウンが「出産」するとき、周囲には、イルカの仲間たちがそばについていたと 言う。子どもは、自分自身で水面に上がったが、子どもが自力で水面に上がれない場合、「肺 呼吸」ができないから、周囲の仲間たちが、押し上げて、子どもを助けてやるのだと言う。 これは、「仲間」を大切にするイルカの不思議な習慣、なのだろうが、実態は、どう考える べきなのか。 少なくとも、イルカたちは、赤ちゃんのイルカは水面に押し上げてやらなければ、溺れてし まうことを「知っている」はずだ。仲間同士で「助け合う」ことも「知っている」。 これは、「機械的な反応」なのだろうか。 その方が、「生存」が高まるから、「機械的に」行っているだけなのか？ そうではなくて、イルカの直観と情動で動いている、と考えた方が、妥当なのではいなだろ うか。 ○ 二日後、私が帰ってきて、海洋水族館の入口でクラウンが子どもを生んだと聞い たとき、私は躍り上がって喜んだ。私は走っていきながら、幸せでいっぱいだった。 クラウンは、彼女のやり方で子どもを私に見せてくれた。彼女は子どもが大いに 自慢らしく、頭を私が今まで一度も見たことがないほど激しくいろいろに動かし、 いつもと違う音を発して大はしゃぎだった。 ○ クラウンは、「今まで見たことがないような」大はしゃぎで、自分の子どもを、マイヨール に見せたと言う。 このクラウンの行動は、何なのか？ ジャック・マイヨールが、クラウンを「擬人化」して見ているせいなのか？ 自分が子供を出産した「母親」として、それを友人であるマイヨールに見せたい、という情 動がクラウンを動かしている、と考えても、ちっともおかしくないのではないだろうか？ （この項、了） |