◎写真家・星野道夫の言葉から、「クマ」についての体験を書きだしておく。

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　　クマはすごく人間に近いところかあると思います。

　　春先、まだ残雪がたくさん残っている時期に、クマは山から下りてくるんですが、

　ほとんどの場合、残雪を歩いて横切らないんですね。ではどうするかというと、残

　雪に入った途端にピョコンと座って、お尻で残雪の上を滑っていくんです。嘘のよ

　うな話なんですけれど、僕はそれを何度見たか分かりません。どうしてああいうこ

　とをするのか不思議に思うんですが、クマはそういう遊び心のようなものを持って

　いる気がします。

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　　それと、子どもに乳をあげているときのクマは本当に優しい顔をしていて、見て

　いて飽きないですね。

　　例えば、クマが家族でサケを食べに川に来るとき、子グマは川岸に置いていきま

　す。あるとき、二組のクマの家族が同じ川でサケを獲っていて、子グマが両方岸に

　残されていました。片や一頭の子グマで、片や三頭の子グマでした。最初は離れて

　いたんだけれども、ずっと川岸に残されていたので、お互い興味を持ってだんだん

　近づいて、そのうち一緒になっちゃったんですね。すると一頭の母グマが慌てて帰

　ってきて、もう一頭の母グマも慌てて帰ってきたんです。喧嘩になるかと思ってず

　っと見ていたんですが、喧嘩にはならずに終わりました。

　　こういうときは、まず一瞬にして母グマが逃げて、その後を子グマが付いて逃げ

　るんですが、そのときは一瞬の出来事だったので、子グマが自分の母グマではない

　方に付いて逃げてしまったんです。そういうケースはよくあるんですが、そういう

　場合でも、もし元に戻れなかったときは、ほとんどの場合、はぐれた子グマをその

　まま育てます。それはクマが持っている不思議な習性で、よく四頭の子連れのクマ

　を見るんですけれども、多くの場合、一頭は自分の子どもではなくて、何かの理由

　ではぐれたクマを一緒に育てているんですね。

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　　この地域でクマの研究をしている友人がいるのですが、ある日彼と表に山を歩い

　ているときに目の前にクマが出てきたのです。それで僕らもクマも立ち止まった。

　僕はもうびっくりしまして、非常に怖かった。ところがその彼はまったく落ち着き

　はらって、クマに話しかけたのです。「俺たちは大丈夫だ。何もしないから、向こ

　うへ行きなさい」と、まったく動じないでクマに話しかけている。それでクマはそ

　のままゆっくりと森の中へ消えてしまった。

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　　クマと遭遇したときにいちばん危ないのが親子のクマなんです。アラスカは北海

　道に比べると見晴しがよいので、ばったりクマに遭遇するということはあまりない

　のですが、たまに親子がとても離れているときがあって、知らないうちに親と子の

　間に挟まれてしまうと非常に危険なんです。

　　そのときは友人の研究者と一緒に行ったのですが、彼はその地域のクマを長年研

　究していたものですから、ある程度個体識別ができるんです。だからその出合った

　母グマも子どもの頃から知っていたんですね。

　　僕らは、川沿いの土手の上からクマの親子がサケを獲っているのを見ていたんで

　すけれども、サケを獲り終えたクマがこちらに向かって来たんですね。大丈夫かな

　と心配していたら、どんどん近くに来てしまって、「どうする？」と友人に訊いた

　ら、「もう動くには遅いからこのまま動かないでいよう」と彼が言うので、ずっと

　そこに座っていたんですね。

　　すると、すぐ近くまで来たクマが僕らの横にポツンと腰掛けてしまったんです。

　　子グマの方は最初すごく緊張していましたが、母グマがリラックスしていたので

　だんだん落ち着いてきた。僕ももちろんかなり緊張していたものですから、どうし

　ていいのか分からなくて固まっていたんですが、友人に大丈夫だから絶対動くなと

　言われていたので横を向くこともできず、二人で前を向いて川を見ているままの姿

　勢でした。ですから、もしそのとき対岸から写真を撮っていたら、ちょうど人間と

　クマが隣り合わせで川を眺めているような感じだったと思います。

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　春先に冬眠した穴から出てきて、雪を横切るときには、「クマ」は、お尻で滑って降りる。

　子グマに乳をあげているときの、クマはとてもやさしい顔をしている。

　取り残された子グマがいると、母グマは、他の子供たちと一緒に育てる。

　道でばったり出会ったが、クマに「何もしないから、向こうへ行きなさい」と言ったら、

そのまま去って行った。

　人間と同じ風景を、座って見ているクマの親子がいた。

　どの「クマ」の行動も、興味深い。

　「クマ」の中に、人間のような行動を見ることができると言いたくなるほどだ。

　僕（たち）の常識では、こんな行動は、ディズニーアニメや映画の中にしか存在しないよう

に感じられる。だが、実際には、自然の関係の中で、動物の人間の距離がとても近い環境で、

一緒に生きていたら、こういうことが起きるのかもしれない。

　（この項、了）