議な体験をした。 当時、榎本さんは新宿区内の木造アパートに住んでいたのだが、冬のある日の昼 前、飼っていた猫が突然部屋の中を走りはじめたのだ。壁といわず窓といわず猛ス ピードで走る猫が、外に出たがっているのは明らかだった。急いで玄関のドアを開 けてやると、猫は玄関めがけて走っていった。 ところが、あと一歩で外に出るというとき、部屋の中でぽかんとしている榎本さ んを振り返り、ひと声鳴いた。視線は榎本さんに釘づけになっている。何だろうと 思って近づいていくと、猫は外に出た。そしてそこで止まって、また後ろを振り返 る。 サンダルをつっかけて、猫を追って玄関から出た瞬間、大きな揺れが建物全体を 襲った。地震である。大した被害はなかったが、タンスの上に置いていた物が落ち てきて、部屋の中にいたらケガをしたかもしれない。猫は地震の発生を感じとり、 榎本さんを助けようとしたのだ。 「キャット・ファンシー」誌でも、驚くべき実話を見つけた。フロリダ州オーラン ドに住むリズ・ソーントンさん（七十歳）が、ある夜ノックの音にドアを開けよう としたときのことだ。飼い猫のタイガーが、玄関のすぐ脇に置いてある椅子に飛び 乗り、耳をぴたっと平らにして後ずさりするような姿勢をとると、首筋の毛をすべ て逆立たせたのだ。 チェーンを外さずに少しだけドアを開けると、そこには若い女性が立っていた。 車が壊れて困っており、携帯電話も持っていないので電話を貸してほしいという。 しかし、ソーントンさんは結局ドアを開けなかった。タイガーが威嚇するような声 を上げていたからだ。 翌朝テレビを見ていたソーントンさんは、自宅から一キロ離れた場所で、ひとり 暮らしの老人が殺害されたというニュースを見た。もしやと思って地元警察に電話 をかけ、前の晩に見た女性について話をすると、すぐに警官がやってきた。この女 は、男性ふたりと組んで強盗殺人を繰り返していたのだ。 ○ 榎本さんの猫は、地震が来ることを察知して、榎本さんを外に連れ出したと言う。 また、ソーントンさんの猫は、真夜中にドアをノックした人物が、危険な人間であることを 察知して、それをソーントンさんに知らせようとしたと言う。 猫たちは、自分で本能的に危険を察知するだけでなく、飼い主に対する危険を察知して、そ れを飼い主に伝えようとしている。 もちろんどちらの場合も、実際には、猫が何を考えていたのか、知る由もないし、地震や殺 人者のノックは、偶然であるかもしれない。 科学的な確認は取りようがないし、かと言って、本能的に危険を察知したのだという推測も 否定することはできないと思える。 猫の能力を神秘化し過ぎてもいけないわけだが、猫にとっては、「普通の能力」であって、 本来は、人間も大昔の頃には、こういう「危険察知の能力（直感）」を、普通に持っていたの ではないだろうか。もともと持っていたけれど、失ってしまった能力を、現在、猫の中に見出 している、ということなのではないだろうか。 （この項、了） |