アリゾナ州の州都フェニックスからほど近いグレンデールという町に、一人で暮

　らしているベス・ベネットという高齢の女性がいます。ある日の金曜日、ベスはタ

　イルの床に足を滑らせて転んでしまいました。固い床で打ったところが悪かったの

　か、しばらく気を失ってしまったベス。ふと気づくと、飼い犬であるミニチュア・

　シュナウザーのダニーが一生懸命に自分の顔を舐めていました。ダニーのおかげで、

　ベスはやっと意識を取り戻したのでした。しかし激しい痛み。どうやら大腿骨を骨

　折してしまったようで、ベスは身体を動かすことができません。

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　「助けを呼ばないと死んでしまう」。そう悟ったベスでしたが、身体が思うように

　動きません。さらに、電話があるのは高い家具の上で、床に倒れているベスにはと

　ても手が届きません。どうしよう。呆然と考えるベスの目の前に、心配そうな顔で

　立ちすくむダニーの姿がありました。

　　ダニーは、今は亡きベスの母親の介助犬でした。ベスはダニーに向かって、「電

　話を取ってきて」と命令を出しました。何度か電話に向かいそうになっては戻って

　きて、小さな声で吠えるダニー。ベスの命令を理解しかねていたようでした。それ

　でもベスは諦めません。「電話を取ってきて」と粘り強く何度も命令を繰り返しま

　した。何度目かでやっと、ダニーは理解してくれました。体高三十センチメートル

　程度のダニーにとってはとても高いところに置いてあった電話に向かってジャンプ

　し、電話を落とすことに成功！　そして鼻先を使って、器用に受話器を押しながら

　ベスのもとに持ってきてくれました。

　　ダニーが押し出してきたその受話器を拾い上げ、緊急通報用番号の九一一にダイ

　ヤルして救急隊を呼ぶことができたのですが、べスはふとあることに気づきます。

　玄関には鍵がかかっているため、救急隊員が助けに来てくれたところで、家に入る

　ことができません。ベスは次の瞬間、ダニーに向かって再び命令を出しました。「

　紙！　紙を取ってきてちょうだい！」

　　ダニーは紙を五枚取ってきました。そのうちの一枚には、ベスと仲のいい近所の

　人の電話番号が書かれていました。ベスはその家に電話をかけると、庭先に隠して

　あった自宅の鍵の所在を教え、玄関を開けてもらいました。タイミングがよいこと

　に、ちょうど救急隊員も駆け付けたところでした。

　　　　　　　　○

　犬の能力は、本当に驚異的だ。

　ダニーは、一体、どこまで「理解」して行動しているのだろう。

　ベスが、危険な状態であることは、わかっていたのだろうか。

　それとも、「いつもと違うな」くらいの感じなのか。

　「電話を取ってきて」「紙を取ってきて」という指示が伝わるということは、「電話」・

「紙」という個別の名詞もわかっているし、「持ってきて」もわかっているし、簡単な「文

章」くらいはわかっているのだろう。

　人間的に抽象的に了解しているというよりも、「直感で考える」ことで、判断していること

は確実だと思われる。

　（この項、了）