サムと私の間には、すぐに固い友情の絆ができました。サムはひとときたりとも

　私から離れることがなかったのです。

　　私たちの農場の放牧地は、畜舎から五十キロ離れた所にあり、私はほとんどそこ

　で働いていました。五十キロの距離を馬で行くわけですが、サムはいつも馬の後ろ

　を走ってついて来たのです。その日のうちに夜道を帰らなければならないときでも、

　サムはついて来ました。

　　一九三八年の九月、戦争が起こりました。召集された私は、すぐに戦地に行かね

　ばならないことになりました。そして、私の留守中は、兄がサムを預かることにな

　ったのです。

　　私たちの部隊は三年ほど中東に配置されたあと、オーストラリアに戻ったのです

　が、その際、数日の帰宅休暇が出ました。

　　私が何年ぶりかで家に戻ったのは、夜が更けてからでした。久しぶりに味わう快

　適なべッドは不思議なほどの柔らかさでした。そして、早く目が覚めてしまった翌

　朝のことです。外に出てみようと、裏の戸を開けると、サムがそこにいたのです。

　彼はちょっと後ろめたそうな顔をして私を見上げていましたが、私が話しかけて背

　中を撫でてやると、飛びついてきました。

　　兄の家からここまで来るには、ふつうの道をたどったとしても、六十五キロの道

　のりです。直線距離にしても四十キロはあります。しかも途中、二つの大きな川を

　泳いで渡らなければなりませんし、そのうえ、鬱蒼としたユーカリの原生林が立ち

　はだかっているのです。

　　この原野を踏破するだけでも、驚くべきことなのに、何よりもサムは、私が家に

　帰ってくることを知っていたのでした。

　　　　　　　　　○

　大体、犬（あるいは、動物）の「超能力」を科学的に検証する本などを読むと、犬には超能

力はない、と結論づけられている。

　それは、飼い主が、「錯覚」しているに過ぎない。

　主人の帰りを犬が「予知」しているように見える現象も、実際には、何度も犬は玄関に行っ

ているのに、帰ってきた主人が、勘違いしているだけだ、と。

　だが、このサムのような場合は、どうなるのか？

　サムのようなエピソードは、たぶん、他にもあるのではないだろうか？

　サムはどうやって、主人が家に帰って来ていることを知っていたのか？

　まさか、六十キロ以上の道を、三年間、毎日行っていたのだろうか？

　僕には、まったくわからない、という他はないのだが、少なくとも、人間と人間の間や、人

間と犬（動物）の間には、こういうことは起こり得るのだ、ということは、書き留めておき

たいと思い、引用しておく。

　（この項、了）