私はこの機会をとらえ、時としてオオカミは人間の子どもを受け入れて育てると

　いう、古くから信じられている事柄について聞いたことがあるかどうか、オーテク

　に尋ねてみた。明らかに彼はそれを私のユーモアと受けとって、微笑みながらこう

　答えた。それは美しい話だ。とはいえ、信用できる事柄の範疇を超えている。オオ

　カミ少年を現実として受け入れることに対するどちらかというとへりくだったよう

　な拒絶は、私にはいささか思いがけなかった。しかし、彼がさらに説明を続けたと

　き、心底心ゆさぶられた。

　　彼によると、オオカミの巣穴におかれた人間の子どもが死ぬのは、オオカミがそ

　う望むからではなく、単に子どもが生まれつき無力で、オオカミとして生きていく

　ことができないからにすぎない。他方、人間の女性がオオカミの子どもを健康なお

　となに育てることは完璧に可能であり、実際イヌイットのキャンプでは、ハスキー

　犬の雌が死んだとき、しばしば女性が子犬を育てることがある。彼自身、自分の子

　どもを亡くして乳があふれている女性が、ハスキー犬の子どもを手に入れることが

　できず、オオカミの子どもに乳を与えて育てた例を少なくとも二件知っていた。

　　　　　　　　○

　イヌイットのオーテクに「オオカミ少年は可能か？」と聞いてみた。

　オーテクの答えは、確かに興味深いし、妥当なもののように見える。

　オーテクは、否定しているが、決して「狼なら子どもを食べてしまうはずだ」と、通俗的に

答えているわけではない。

　子どもが死んでいるとしたら、それは、オオカミの本意ではない。人間の赤ちゃんは、生ま

れた段階では、あまりにも弱いために、自分から死んでしまうだけだ。

　それはその通りだろう。

　少なくとも、僕が知る「オオカミに育てられた子」の話は、『アヴェロンの野生児』のヴィ

クトールにしても、『オオカミに育てられた子』のアマラとカマラにしても、赤ちゃんから育

てられたという記録があるわけではない。

　ある程度成長してから発見されている。

　そう考えると、乳児の段階で、ある程度までは人間に育てられて、その後、何らかの理由で

オオカミに育てられた、ということはありえるのではないだろうか、

　それにしても、その逆（人間がオオカミを育てる）もありえるとは！

　人間と、犬やオオカミとの距離は、イヌイットの世界では、大変に近いのだ。

　（この項、了）