心理学の名誉教授ジョン・ピリーは、チェイサーという名前のボーダー・コリー

　を引き取った。生後八週間のチェイサーはいかにもボーダー・コリーらしい犬だっ

　た−−追いかけたり駆り集めたりするのが好きで、目標物をじっと見つめ、撫でら

　れたり褒められたりするのが好きで、無限のエネルギーを持っている。ジュリアン・

　カミンスキーが指導したリコという犬が二〇〇語以上ものドイツ語を覚えたという

　話を聞いて、ビリーは犬が覚えられる単語数には限界があるかどうかに興味を持っ

　た。つまり、チェイサーが新しい単語を覚えると先に覚えた単語を忘れるのだろう

　かと考えたのだ。

　　チェイサーは毎日一つか二つの単語を学んだ。ピリーは自分をパパと呼び、玩具

　を手にしてこう話しかける。「いいかチェイサー、これは○○だよ。パパがこれを

　隠すから、さがしてごらん」この学習にピリーは食べ物の褒美を使わなかった。そ

　のかわりに、玩具を見つけたら、褒めたり抱きしめたり一緒に遊んでやったりした。

　　三年余りで、チェイサーは八〇〇以上のぬいぐるみ、一一六のボール、二六のフ

　リスビー、一〇〇以上のプラスチック玩具の名前を覚えた。重複している品物はな

　く、すべてが大きさや重さ、生地、形、材質が違っていた。チェイサーは総計で一

　〇〇〇以上の品物の名前を覚えた。チェイサーは毎日テストされ、誰かからヒント

　をもらっているのではないと証明するために、テストはピリーやトレーナーからは

　見えない別室で実施された。

　　一〇〇〇以上の品物の名前を覚えた後も、チェイサーが新しい品物の名前を覚え

　る勝率は低下しなかった。さらに驚くべきことに、彼女は品物を種類別に分けてい

　た。特別な訓練をしたわけではないのに、形や大きさがまったくばらばらな品物を、

　玩具と玩具以外の品物とに分けることができたのだ。

　　こうした研究については６章でくわしく検討する。ここで言えるのは、リコやチ

　ェイサーは人間の子供に近いやり方で単語を覚えたようだということだ−--彼らは

　新しい単語が新しい品物と結びつくと推理したのだ。リコもチェイサーも、すでに

　知っている品物にはそれぞれ名前があるので、新しい単語はそれらの名前ではない

　と知った。となれば、はじめて見る品物の名前だということになる。

　　　　　　　　　○

　チェイサーという犬は、１０００以上のものの名前を覚えたが、それでも新しいもののの名

前を覚えることができたと言う。また、形も大きさも違うものを、「玩具」と「玩具以外のも

の」としてカテゴライズして覚えることもできた。

　新しいものの名前を言われると、新しい品物を見つけて、それが「新しい名前のもの」だと

推理することができた。

　チェイサーの能力は驚異的だが、チェイサーがすごいのではなく、犬にとっては、普通にあ

りえる能力なのだと考えるべきだろう。

　また、この犬の１０００以上のものの名前の覚え方は、自閉症者の「過剰特異性の視覚」の

ものの覚え方とよく似ているように思われる。

　（この項、了）