「動物と感情」について


102・「信じられないようなこと」

  一九二九年の秋、百五十羽から二百羽ちかいコクマルガラスとミヤマガラスの大

 群が渡りの途中でわれわれの家のちかくの野原に露営したことがあった。すると私

 のコクマルガラスの一年子と二年子たちは、みなこの大群にまぎれこんでしまい、

 どこにいるかもわからなくなった。家にはわずかに数羽の年長の鳥が残っているに

 すぎなかった。私はこれはとんでもないことがおこったと思った。この二年間の研

 究はもはや水の泡になったかと思った。しかし私には、若いコクマルガラスたちに

 とって、渡りの群れがどれほど強い魅惑であるかもわかっていた。たくさんの黒い

 翼は、いっしょに飛ぼうという興奮を引き起こすものなのだ。そしてもしこのとき

 ゲルプグリューンとブラウゲルプがいなかったら、私の二年間の研究は、ほんとう

 に無に帰していたことであろう。この二羽のオスたちは、彼らの年配では唯一の生

 き残りだった。彼らは何度も何度も家から野原に飛んでいき、そこでちょっと信じ

 られないようなことをなしとげた。今そのことをここに書きながら、彼らのおどろ

 くべき行動がくりかえし確認できるものなのか、実験的に証明できるものなのか、

 私は自分でもまだなかば疑うような気持でいる。二羽のオスたちは入り乱れた大群

 の中から「われわれの」コクマルガラスを一羽一羽さがしだした。コクマルガラス

 の両親が子どもたちを危険な場所から連れ出すときに使う方法で、彼らを飛び立た

 せた。そのようなとき親鳥は子ガラスの背後から背中すれすれに飛び、かたくたた

 んだ尾を子ガラスの真上でさっと横にゆらすのである。この儀式によって、とまっ

 ている鳥はかならず反射的に飛び上がろうとする。ゲルプグリューンとブラウゲル

 プも、このようにやった。そしてわれわれがチョックでみたように、ゆっくりと飛

 びながら若い鳥をしたがえ、「糸で引くように」家へ連れて帰った。

(『ソロモンの指環』 コンラート・ローレンツ)

         ○

 ローレンツの飼っていたカラスたちが、渡りの途中のカラスの大群の中に紛れ込んでしまっ

た。それ自体は、カラスの本能的なものとして、当然のことだ。

 だが、年長のカラスたちは、大群の中から、ローレンツのカラスたちを見分け、それら一羽

一羽に呼びかけて、ローレンツの家に帰らせたと言う。しかも、若いカラスたちは、何度も興

奮して、大群に入ってしまうために、何度も何度も呼び戻したと言う。

 確かに、ちょっと「信じられないような」行動だ。

 だが、ローレンスがわざわざウソを書く必然性はない。

 カラスの大群の中から、ローレンツの飼っているカラスを見分けたのは、「過剰特異性」の

視覚によるものだと、僕には思われる。僕にはまったく同じにしか見えないが、カラスたちに

は、それぞれのカラスの特徴を見分けることができるに違いない。

 しかし、「見分ける」ことができたとしても、それだけでなく、わざわざ「家」まで呼び戻

したとは!

 (この項、了)

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