神田橋 以前どこかで患者さんの言葉としてこんなことを聞いたことがある。〝社会 復帰〟と多くの先生たちが言うけど、先生たちは間違ってるんじゃないか。われわれ は、「昨日は社会復帰してたけど、今日は社会復帰してない。明日は出来るかな」と 思いながら暮しているんだと。確かに患者の体験としてはそういうことだと思うの。 八木 そう、なにも頭のてっぺんからつま先まで分裂病というわけでもないし、また 一日中分裂病というわけでもないですからね。昔は〝病院内寛解〟という言葉があり ました。また、外来で診察している時はすごく調子がいいのに、家族に聞いたらめち ゃくちゃだというんです。はじめの頃は、僕の情報不足なのかと思ってたんだけど、 今は〝病院内寛解〟と同じように〝診察室内寛解〟もあるんじゃないかと、そんな気 がしてるんですよ。幻聴もいろいろな場所とか時間で聞こえたり、聞こえなかったり でね。だから、病院に慣れてくると、門を入った途端に症状が消えるという患者さん が結構いるんですよ。僕は幻聴が聞こえる患者には今聞いてみてくれと言ってるんで すけどね。初めの頃は、あそこで聞こえた、ここで聞こえたって言うんだ。そのうち、 病院では聞こえないとか、時間が短いから何ともいえないとか言ってくる。だから、 幻覚や幻聴が邪魔になって病院にくる患者さんも、その時は多分治まっているとみて いいんじゃないかと思う。こちらの情報不足じゃなくてね。家族の人が、「先生は治 ったって言うけど、うちじゃこんなですよ」と言うけど、「病院では治っているよ」 と最近言うようにしてる。〝病院内寛解〟というのは多分日本独特の概念だったと思 いますが、藤縄先生が提唱して、その後パタッと絶えちゃったんだけど、あれはやっ ぱりけい眼だったんじゃないか。人工的な環境でよくなっているということだから、 診察室も考えてみれば人工的な環境で、診察室そのものがまた治療なのかもしれない という思いに最近はなりましたね。 神田橋 その患者が診察室をかついで歩けるような、そう、ヤドカリだ（笑）。そう なりゃいいのになァと僕は思う。 八木 その場面、場面で寛解という状況があって、元の環境へ戻るとそこじゃ分裂病 そのものになる。作業所とかでは結構治まっているんじゃないかと僕は思ってるんで すよ。 ○ 「病院内寛解」という発想は面白いし、とても興味深い。 「統合失調症」の症状を、固定的なものとして捉えないこと。 時間的・空間的な規定が存在しえること。 その発想からすれば、「統合失調症者」は、二十四時間、統合失調症であるわけではないし、 また、あらゆる場所で統合失調症であるわけでもない、ということになる。ある時間では、健常 者だということはありえるし、ある場所では健常者だ、ということはありえることになる。 その発想の方が、いいのではないだろうか。 障害児教育においても、自閉症の子どもが、家庭における振る舞いと、学校における振る舞い が、まったく違っていることは、よくあることだ。それと似ているのかもしれない。 それにしても、「病院内寛解」という発想が、日本独自のものだったとは！ この発想からすぐに思い出すのは、「べてるの家」だ。 「べてるの家」の発想も、日本独自の発想であり、「統合失調症」の症状を固定的に捉えない ところから始まって、独自の「べてるの家寛解」と言える状態を創出しえていると言えるだろ う。 （この項、了） |