興味深いのは、プナン語で、「下痢」と「おかゆ」が同じアマウ（略）と呼ばれる

　ことである。そう言われると、形状としては、下痢とおかゆは同じである。私の想像

　であるが、プナン語では、下痢こそが先にアマウであった。狩猟民であるプナンが、

　米をつくる農耕民と出会って、彼らがつくるおかゆを目にした時、目を丸くしたに違

　いない。下痢にそっくりだったからである。おかゆは、その日から「下痢」と呼ばれ

　るようになったに違いない。

　　　　　　　　　　〇

　　森の中で暮らすようになったプナンは、やがて諍いを起こして、殺し合いに明け暮

　れるようになった。そして最後に残ったのは、ひと組の兄と妹だった。彼らはたった

　二人で、これからどのようにして生きていけばいいか分からず、途方に暮れていた。

　　　ある時大風が吹いて木々が揺れ、その後しばらくすると、あちこちに新たな木が

　　生えてきた。木々が揺れることで新たな生命が生みだされることを知った兄と妹は、

　　木々が揺れるのをまねてセックスし、子どもをつくった。その後、大風に揺れる木

　　々のように揺れて（＝セックスして）、プナンの子孫はどんどんと増えていった。

　　兄と妹が、木々が揺れた後に木が生えてくるのを見知って、揺れをまねたのがセッ

　クスの起源だとされる。そこには、風が吹いて、種が飛び散り、地面に落ちて、そこ

　からやがて新たな生命が誕生するのと同じように、セックスが生をつないでいくため

　の原初の行為である、という考え方が示されている。

　　神話で語られるように、木々のように揺れることが、プナンのセックスのすべてで

　ある。生殖器は交合するためだけにある。生殖器は、見たり触ったり紙めたりするよ

　うなものではない。「精液（略）」は、必ず女性器に射出されなければならない。激

　しいセックスには、「蚊帳からはみ出る（略）」という独特の表現が与えられている。

　　プナンは、男女とも自涜行為（マスターベーション）をしない。同性愛がおこなわ

　れている証拠はない。また、アナルセックス、集団セックス、レイプがおこなわれて

　いる証拠もない。夢精には、負の意味が与えられている。夢精を含めて、セックスの

　夢を見たならば、狩猟に行っても獲物が獲れないだろうし、何か良くないことが起き

　ると考えられている。

（『ありがとうもごめんなさいもいらない森の住民と暮らして人類学者が考えたこと』

　 奥野克巳）

　　　　　　　　　　〇

　プナンは、ボルネオの最後の狩猟民族と言われている。

　これらの記述は、プナンの人々が、「感覚で考える」段階の思考の名残をよく保存しているこ

とを表していると思えて、興味深い。

　「下痢」と「おかゆ」が同じ言葉というのは、そのまま「視覚」で見て、似ていることから考

えたのだろう。現代の人間からから見ると、「未開」の人間ということになるのだろうが、初期

の人間の思考法がよくわかる。

　また、兄妹が、木々が風で揺れるのを見て、セックスの方法を学んだ、というのも、同じこと

だ。「視覚で考える段階」だから、本当にそう考えていたのだろう。

　自然の木々が風に揺れて、擦れ合うのが、人間のセックスと同じものだと考えた。

　自然の木々も、人間と同じように「セックス」をして、森を増やしている、と考えた。

　　　　　　　　　　〇

　「夢精を含めて、セックスの夢を見たならば、狩猟に行っても獲物が獲れないだろうし、

何か良くないことが起きると考えられている。」というのは、日本でも、マタギの猟師などの

信仰にも残っているのではないだろうか。

　「感覚で考える段階」の思考法では、そういう思考が生まれるのかもしれない。

（この項、了）