私（※梅原猛）はつくづくこの巨大な陰陽石に感心したが、この神話の旅にこのよ うな陰陽石がどのような意味をもつのか、怪しんで問う人もあるかとも思う。陰陽石 に興味をもつのは、私がとりわけ好色なせいではない。日本神話には露骨な性の話が はなはだ多い。日本神話において最初の具体的な〝人格〟をもった神は、イザナギ、 イザナミである。イザナギ、イザナミの成した仕事は、結局、国産みである。日本の 国土－－本州、四国、九州などを産み、そして、その国土にいるすべての神々および すべての生きとし生けるものを産んだ。この国産みはもちろん、男神イザナギと女神 イザナミとのセックスによるものである。男神が女神に「お前の身体はどんなになっ ているか」と問うと、女神は「私の身体は、成り成りて、成り合わざるところが一か 所ある」と言う。すると男神は「私の身体には、成り成りて、成りあまれるところが 一か所ある」、その私の「成りあまれるところ」をお前の「成り合わざるところ」に さし塞いで国産みをしようと思うがどうか、と言う。それで女神イザナミは「いいわ」 と答えて〝みとのまぐわい〟すなわちセックスをするというのである。この〝成りあ まれるところ〟とか〝成り合わざるところ〟という言葉は、おそらく世界のどのよう な神話にも現れない、まことに的確で生き生きとした表現の言葉である。 私は、これは縄文時代の宗教をあらわしているのではないかと思う。… ○ …縄文時代の宗教は、イザナギ、イザナミの神話が象徴するように、性の宗教あるい は産みの宗教であったと思う。縄文時代の遺跡の最も古い副葬品のひとつは石棒であ った。これは巨大な男根を棒の形にしたものである。この男根はやはり、男性の力を 意味し、武力や支配力をも意味していたのであろう。そして女陰も、いろいろな壷や 鉢や皿などの形で示されるのである。縄文土器にもしばしば男女のセックスを表現し たものがある。また、縄文時代の遺物としてストーンサークルがあるが、これは精円 形にならんだサークルのひとつひとつに細長い石を放射状に並べ、その真ん中に巨大 な石棒を直立させたものである。これを私は、男根と女陰の交わりを示すものである と解釈する。これこそまさに生産の秘儀であり、これによって、当時の人間にとって は謎としか思えない子孫の生産が可能になるのである。このセックスの秘儀によって、 あの世にいる遠い祖先の霊が帰ってきて、新しい子供の肉体をまとって生まれるとい うのが、まさに縄文時代の人たちの信仰であったわけである。セックスはそこで、も ちろん快楽であり熱狂であるが、同時にそれは人間ばかりかあらゆる動物、植物の生 産という、人間にとってのみならず生きとし生けるものにとって最も大切な聖なる儀 式であったのである。 ○ 僕には、梅原猛の説を賛成も否定もできない。それほどの古代史についての造詣は無いから だ。 だが、梅原猛の説（直感）は、十分に説得的で、魅力的だと思える。 イザナギノミコトとイザナミノミコトの国産みの神話を、縄文時代の信仰と対応させていると ころは、見事な直感ではないだろうか。 古代人が、単にセックス好きで、巨大な「陰陽石」の形を造形したとは、とうてい考えられな い。古代人にとって、動物にしろ、人間にしろ、どこから赤ちゃんがやってくるのか、不思議な 謎と感じられたに違いない。少なくとも、「生命の誕生」には、男性器や女性器が関わっている と考えられた。 ストーンサークルも、梅原猛が言うように、男性器と女性器の交合を象徴しているものだと見 ることは可能だと思われる。 梅原猛の説が、実際に真実かどうかはわからないとしても、抜群の想像力で、歴史のストーリ ーを紡いでしまう鮮やかさには魅了された。 （この項、了） |
