彼が磨かれた平石の上に横たえられると傷口がはっきり見えた。膝からくるぶしの

　間を複雑骨折していた。ミルク・チョコレート色の皮膚を突き破って太い骨が五セン

　チほど飛び出している。頭からはずしたヘッドバンドが素早く彼の太腿に巻きつけら

　れた。＜呪術師＞と＜女の癒し手＞が彼の両側に立った。ほかの人たちは今夜のキャ

　ンプの準備をはじめた。

　　私は少しずつ近づいていき、怪我人のすぐそばに立った。「見ていてもいいかしら

　？」私は頼んだ。＜呪術師＞は骨折した足の数センチ上で両手をかざし、左右にそっ

　とすべらせた。最初は両手をそろえて動かしていたが、つぎに片手を右から左に、も

　う片手を左から右に交差させた。＜女の癒し手＞は私にほほ笑みかけてオータになに

　か言った。…

　　　　　　　　　　　○

　　骨折した傷口に触れずに手を上下に動かすのは、折れる前の健康な足の形をなぞっ

　ているのだと説明された。そうすると治療している最中も腫れ上がらないという。＜

　呪術師＞は骨に元の健全な状態の記憶を呼びもどさせていた。そうすることによって、

　三十年あまり納まっていた場所から真っ二つに折れて飛び出した骨のショックを和ら

　げることができるという。彼らは骨に��話しかけて″いた。

　　つぎに、このドラマの三人の主役−−あおむけに横たわる怪我人、その足元の＜呪

　術師＞、傍らにひぎまずく＜女の癒し手＞−−はいっせいに祈るような口調で話しは

　じめた。＜呪術師＞が両手で怪我人のくるぶしを握るようにしたが、実際に触れたり

　引っ張ったようには見えなかった。＜女の癒し手＞は彼の膝のあたりで同じしぐさを

　した。彼らはてんでに祈りとも歌ともつかない言葉を口にしていたが、ある時点で同

　時に声を張り上げてなにか叫んだ。なんらかの形で牽引したのだろうが、私にはまる

　でそうは見えなかった。飛び出した骨が傷口から引っ込んで元の場所に納まった。

　　　　　　　　　　○

　　朝になると＜石探し名人＞は立ち上がって私たちと一緒に歩いた。足を引きずりも

　しなかった。昨夜の儀式は骨の緊張を取り去り腫れをふせぐために行った、と彼らは

　言った。たしかに効き目があった。つづく数日、彼の足をよく見ては黒い天然の軟膏

　が乾いてはがれていくのを観察した。五日後に軟膏はすっかりはがれ落ちた。骨が飛

　び出していたところは薄い傷痕が残っているだけだった。彼の体重は六十五キロぐら

　いだろう。複雑骨折した足に副木もせずどうして立てたのか、立ったときなぜ骨がま

　た飛び出さなかったのか、じつにふしぎだった。この部族のみんながとても健康だと

　は知っていたが、危機にたいする特別な対応能力も備えているように感じた。

　　　　　　　　　○

　　その日の午後、怪我人の骨を治しながら二人の治療師は彼の体に元の健康な骨の概

　念を送り込んだ。彼らは手を動かすのと同時に頭と心もはたらかせていた。患者はそ

　の思いを純粋に受け入れ、たちまちのうちに完治することを信じた。私から見れば奇

　跡としか思えないことが彼らの間では当たり前だという点が驚きだった。…

　　　　　　　　　○

　　私はこの部族の病気や事故の対処法が超人的だとは思わない。彼らがやっているこ

　とはすべて科学的に分析できると確信している。ただ私たち文明社会の人間が技術向

　上のための機械の開発にやっきになにっているのにたいし、この部族の人々は電気コ

　ードなしでそれをやってのけているということだ。

　　人類は苦しみながら右往左往しているが、このオーストラリア大陸では大昔から人

　々の命を救ってきたもっとも洗練されたヘルスケア技術が今も実践されているのだ。

　いつか、このふたつの世界がひとつの知恵の輪に結ばれる日もくるだろう。

　　それは地球規模の祝日となるにちがいない。

　　　　　　　　　○

　ある日、アボリジニの若者が、崖から落ちてケガをした。足からは骨が出ている。

　アボリジニの＜呪術師＞と＜女の癒し手＞がやってきて、治療をすると、飛び出していた骨が

元に戻り、朝になると、その若者は、もう足をひきずることもなく、歩くことができた。

　これは、現代から見ると、「あやしくて、疑わしい、未開の心霊手術」の記述、ということ

になるだろう。僕にとっても、「奇跡的」に見えて、ほとんど信じられない話（※いくらなんで

も、翌日にレントゲンをとれば、骨折はしているだろうが）なのだが、反対にこれが「ウソだ」

と全否定してしまう根拠もないように思われる。また、マルロ・モーガンは、本当に見たこと

を、そのままに書いているだけのように見える。

　とりあえず今は、この「心霊手術」の記述から、興味深い点を、取り出しておくことにする。

　記述から見る限り、「心霊手術」は、骨折した骨と「対話」（言葉）することによって、可能

になっている。

　そして、「治療者」と「若者」との間には、強力な＜信頼関係＞が存在しており、患者は、

「たちまちにうちに」傷が治ると、強烈に信じている。少なくとも、現代の僕たちの骨折と治癒

のイメージとは、（たぶん、世界観そのものが）まったく違っている。

　　　　　　　　　　○

　もちろん、強力な言葉も、強力な信頼関係も、現代の文明では、失われてしまっているも

のだ。現代は、西洋文明が発達し、機械や薬が発達していく過程のどこかで、人間本来が持って

いたはずの＜力＞を、非科学的、未開の産物として、一緒に捨ててしまったのだ。

（この項、了）