◎発病以前のヘレン・ケラー◎

　　私はまだ襁褓のころからなかなか一本気で、きかぬ気の徴候を多分に

　示していて、ひとがすることは何でもやってみねば承知しなかったそう

　です。生まれて六か月日に、片言で「こんちは」といったり、またある

　日は「お茶、お茶」とはっきり発音して人々を驚かしたことがあるそう

　です。現に大病の後でも、生まれて数か月間に覚えた言葉の中で、一つ

　だけは記憶しておりました。それは水という言葉で、ほかの言葉は全部

　忘れた後ですら、私はこの言葉のつもりで「ウォーウォー」という音を

　口から出していました。私が「ウォーウォー」というのをやめたのは、

　この言葉がつづれるようになってから後のことです。

　　私はちょうど満一歳になった日に、初めて歩いたと聞いております。

　母が私を湯槽から出して膝にのせていた時、私は突然なめらかな床の上

　で太陽の光をあびて踊っている木の葉の影に目を奪われ、母の膝からす

　べり下りて、その方へ駆け出しました。しかし瞬間の衝動が消えるとそ

　のまま倒れて、私は抱き上げる母の手を求めて泣き出しました。

◎一歳児までの、ヘレン・ケラーは、まったく正常に発達した子どもであったこ

とがわかる。ほぼ一歳で、立ち上がり、生まれて六ヶ月くらいで、片言の言葉を

しゃべることができた。

　後に、サリバン先生によって、言葉を獲得したとき、あるいは、それ以降の目

覚しい成長も、この一歳児までは正常に成長していたことが、とても強く影響し

ていると考えられる。

◎サリバン先生以前のヘレン・ケラー◎

　　とかくするうちに、私は自分の意志を人に伝えたいという願いがだん

　だん強くなってきました。それまで私が用いていたわずかな手まねでは、

　しだいに物足りなくなり、自分の思っていることがわかってもらえぬと

　きは、私はきまって癇癪の発作を起こすようになりました。まるで目に

　見えぬ手につかまれているような気がして、それから脱れようと一生懸

　命にもがきました。私はたたかいました。たたかったところでどうにも

　なるわけではないんですが、私の内部には猛烈な反抗の精神が燃えてい

　ました。

◎サリバン先生に出会う以前のヘレン・ケラーは、「情緒障害」や「自閉症」が

疑われていた、というのをどこかで読んだことがある。確かに、この記述の様子

を外側から見たら、そう見えたかもしれない。

　だが、ここでは問題は逆なのだ。一歳まで、正常に育ってきた子どもが突然、

視覚と聴覚を奪われた世界に置かれたら、誰だってこうなる、という問題なの

だ。僕たちだって、視覚と聴覚とを奪われた世界に置かれたら、自閉症や情緒障

害児のような振る舞いをするかもしれないのだ。自閉症や、情緒障害児の心の状

態は、ヘレン・ケラーの状態に近いのかもしれない。