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　…ウェスタンオンタリオ大学の精神医学助教授ルース・ラニアスは、「心的外傷後

　ストレス障害」いわゆるPTSDに苦しんでいる人の脳スキャンをおこなった。性的虐

　待、暴行、あるいは交通事故が原因でPTSDをもつ十一人と、同じような体験をして

　もPTSDにならなかった十三人の脳をスキャンした。ふたつのグループに見つかった

　大きなちがいは、一方のグループが心的外傷を視覚的に記憶し、もう一方は言語を

　使って、言葉による物語として記憶していたことだった。スキャンの結果はこれを

　裏づけていた。心的外傷を思い出すときに、PTSDのある人は脳の視覚領域が（ほか

　の領域とともに）明るくなり、PTSDのない人は言語領域が明るくなった。

　　どういうわけか、言葉がかかわる恐怖はレベルが低い。これは、「百聞は一見に

　しかず」ということわざにもあらわれている。怖いものを描いた絵は、言葉で述べ

　た説明よりもはるかにおそろしい。その証拠に、怖いものを目で見た記憶は、言葉

　で頭に入れた記憶よりもおそろしい。言葉のほうがおそろしくないのはどうしてな

　のか、これが脳内でどう作用しているのか、だれにもわからない。けれども、動物

　と自閉症の人は絵に頼らざるをえないので、恐怖を抑制するとなると、大きな不利

　をこうむっている。

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　「怖いものを描いた絵は、言葉で述べた説明よりもはるかにおそろしい。その証拠に、怖い

ものを目で見た記憶は、言葉で頭に入れた記憶よりもおそろしい。」

　これはとても興味深い。恐怖の体験がPTSDになってしまう人は、映像として記憶してい

る。PTSDにならない人は、記憶を言葉として保存している。人間は、言葉を獲得することによ

って、恐怖を遠ざけることができるようになった。

　これは、「夢」に不安夢が多いことと関連しているのではないかと思われる。

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　　重度のPTSDをもつ人は立ちなおれないが、心的外傷が軽い人は恐怖に対処する余

　裕がまだまだある。コリーを飼っていた友人は、六年前に交通事故で自分も軽いPT

　SDになった。車を運転していると、セミフラッシュバックに襲われ、多車線の高速

　道路を運転するときには、激しい緊張と恐怖をおぼえた。フラッシュバックではな

　くセミフラッシュバックと私がいうのは、友人は事故を再現しているような気持ち

　にまではなっていなかったからだ。再現するというよりも、どこかで車を運転する

　ことになると、いつでも事故のことをまざまざと思い出し、車に近づいていないと

　きでさえ思い出すことがあった。ラニアス博士が実験をした人びとと同じように、

　記憶はすべて視覚的だった。

　　たっぷり二、三年かかったが、友人は今ではおおむね立ちなおっている。車に乗

　りこんでも、以前のように事故の記憶が自動的によみがえることはなく、だいたい

　いつも、事故前と同じように、運転をあたりまえのことと受けとめている。動物に

　は、これができない。動物は一度死ぬほど怖い思いをすると、もとのように、人や

　場所、状況に対して平然と行動することがどうしてもできない。

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　…動物には、これができない。動物は一度死ぬほど怖い思いをすると、もとのように、

人や場所、状況に対して平然と行動することがどうしてもできない。

　たぶん、自閉症者も、きっとそうなのだ。

　自閉症者の中で、「フラッシュバック」という現象がある。

　テンプル・グランディンの記述は、自閉症者のフラッシュバックの現象の説明に、ちゃんと

なっていると思われる。

　昔、過去の出来事が突然よみがえって、フラッシュバックになる子がいた。

　フラッシュバックになると、突然、情緒不安定になって、怒り出す。過去に、人間関係でよ

ほど嫌なことがあったのだと思うのだが、何度、「それは昔のことだよ」と言い聞かせても、

それを消すことができない。

　しかも、何年も前の出来事なのに、＜現在＞のことのように、怒り出すのだ。彼の中では、

＜現在＞の「映像」として甦っているのに違いないと、確かに思われた。

　その状態になると、何を言っても通じなくて、怒りが収まるまで待つしかない。延々その繰

り返しだった。

　結局、フラッシュバックを抑える方法は見つからないままだった。

　自閉の子の場合、視覚で世界を判断するために、PTSDになるような体験をすると、視覚的に

な記憶が、突然、フラッシュバックになってやってくるのだと思われる。

　テンプル・グランディンの記述を読むと、自閉症者にとって、PTSDのように「映像として」

保存され、突然表れてくる「フラッシュバック」を打ち消すことは、相当に難しいことだと思

われる。恐怖を和らげることができるのは、「言葉」に変換することだけだが、自閉症者には

それが難しいのだから。

　（つづく）